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ぶらり気仙

ぶらり気仙は広域気仙エリア(大船渡市、気仙沼市、住田町、陸前高田市)のお店やイベント情報、観光情報などをお届けするエリア情報サイトのfacebookページです。

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ふくしまの声・読むふくしま会議

ようこそ、ふくしまの声の入会地へ

これは、ふくしまの声がつどう、かぎりなく開かれた場である。
巨大な地震と津波と原発事故によって傷ついた福島の人々が、厳しい分断と対立を越えて、未来へと、ふくしまの記憶をつないでゆくために、わたしたちはいま、ふくしまの声の入会地(いりあいち)を創ろうとしている。それはきっと、さまざまな声が出会い、入り会い、大切なものを分かち合う場となることだろう。

あらかじめ、明らかにしておきたいと思う。ふくしまの声はひとつではない。そこでは、いくつもの声が渦を巻き、ぶつかり合っている。ふくしまの声はとてもかすかで、多様で、誰かがそれを代表したり体現することはありえない。わたしたちはだから、そうしたひき裂かれたふくしま声に耳を傾け、寄り添いつづける覚悟だけは固めたい、と願う。ふくしまの多様な声がたがいに敬意をもって、やわらかく響き合うことは可能か。わたしたちは試されている。まるで試練のように、祈りのように、ひそかな怒りと悲しみに震えながら。

それぞれの多様な声にたいして、どこまでも開かれた入り会いの場となるために。
ふくしまの記憶を未来へとつなぐために。
みずからがメディアと成るために。
それぞれの、ささやかな戦いへ。

ふくしまの声の入会地へ、ようこそ。

 

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東北のすごい生産者に会いに行く

2013年5月4日 (土)

報道・レポート農業

奥田政行。山形・鶴岡のイタリア料理店「アル・ケッチャーノ」店主。
三好かやの。仙台出身。全国の食材と生産者を訪ね歩くライター。
奥田シェフが修業していたとある農家レストランで出会って以来、さまざまな食の現場で何度も遭遇してきた2人。もともと「日本の農家を元気にしたい」という目標が一緒で、東日本大震災のあと、形は違えど何度も被災地に足を運ぶなかで「ここでなんとかしないと、東北だけでなく、日本の農業がダメになる!」と危機感を抱くようになった点でも一緒の2人が「今、話を聞きたい」「この人たちが未来を築く!」という生産者を訪ね、3年目の現状を伝えます。

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TOHOKU ARCHIVE 復興の記録を未来に残そうプロジェクト

2011年3月11日の震災から時間が経過するにつれて、各メディアからの被災地情報が少なくなりつつあります。こうした中、被災地の状況を記録し伝えていくことや、現地の「いま」を共有していくことが、支援のためのプラットフォームとして必要だと感じています。ニュースになるひとときの情報だけでなく、復旧復興への時間のかかる長い取り組みについて、継続的な記録を通して等身大の町の様子を発信していきます。その町の「いま」に思いを巡らせ、つながりに関心をもち、さらには現地を見たい(観光)や、現地の食材を食べたい(産業・商業)、子どもたちに伝えていくこと(教育)など、人と人がつながるきっかけになることを大切にしたいと考えています。復興を成し遂げ、新しい町がつくられてからも、過去・現在・未来と時間検索が可能な生きたアーカイブになることを目指し、岩手県山田町において復興の記録を未来に残そうプロジェクトをスタートさせました。震災から2年が経過しつつある町の動きを1つずつ記録に残し、世界中の人たちと「いま」を共有しながらアーカイブしていきたいと思います。

2012年2月に岩手県山田町で町の定点記録をスタートさせました。また、現地の方々へのインタビューを通して、震災の記憶や日常の変化などを動画に記録する活動を始めています。今後は、現地の方々とのつながりの中から、定点記録を行なうカメラの数や町を少しずつ増やしていき、沿岸被災地の「いま」が、より身近にリアルタイムに見え、知ることができる環境づくりを進めていきます。新しい町を立ち上げていく「いま」の時間を共有しながら、次の社会を担う子どもたちに伝え残していきたいと思います。

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女川さいがいFM

臨時災害放送局 「おながわさいがいエフエム」について

東日本大震災の被災地の一つである宮城県の女川町では、2011年4/21日(木)より臨時災害放送局「おながわさいがいエフエム」を開局、24時間体制での放送を実施しています。

女川町は震災とそれに伴う津波により、役場の庁舎も冠水するなどの壊滅的被害を受けました。ライフラインや防災無線も壊滅し、町内には10数カ所に設けられた避難所や、幸いにも損壊を免れた数百世帯の在宅被災者へ町からのお知らせを届ける手段がありませんでした。そこで、東北及び茨城地区の被災地各所で開設されている臨時災害放送局の仕組みを利用し、町内をカバーするFMラジオ局を開局することとなりました。

それから半年以上、台風発生時などは道路が冠水したり、床上浸水も含めた被害が発生し、被害や避難指示などについての情報を放送するなど名実ともに臨時災害放送局としての機能も果たしました。

2011年11月中旬までにほぼ全ての町民の仮設住宅への引っ越しが完了し、すべての避難所が解消されましたが、町内はいまだ復興への道のりは遠く、また仮設住宅も一部は石巻市内に建設されるなど町内・周辺地域に残された土地に「とりあえず」仮の住まいを設けたに過ぎません。

そこで私たちは分断された町内のコミュニティを情報と会話で繋いでいくラジオ局を目指して、町からのお知らせを放送するだけでなく、現在は町内の店舗・企業などの復興に関する情報、生活情報をはじめ、町民へのインタビューなどを放送したり、小学校の運動会から秋刀魚祭りまで町内のイベントの中継を行うなど様々な取り組みを行っています。

この放送局の企画・運営は、女川町在住の被災者による有志とそれを支援するインターネット上で集まった有志からなる任意団体「おながわさいがいエフエム」が手がけています。

「女川の町に正しい情報と元気を届ける放送を がんばっぺ女川」を合言葉に、毎日放送を行っています。

そんな「女川さいがいFM」がNHKのドラマになりました。

特集ドラマ「ラジオ」

東日本大震災の被災地・宮城県女川町。ここに今も放送を続ける臨時災害放送局がある。震災の一か月後に地元の人たちの手で作られた「女川さいがいFM」である。このドラマは、地域に必要な情報を届けようと集まった、高校生など若いスタッフと地元の皆さんをモデルにしている。
原作となったのは、「女川さいがいFM」にアナウンサーとして参加している女子高生のブログである。そこには、震災からの二年間、被災の現実と向き合いながら、前を向いて歩んでいこうとする若者の胸の内がつづられていた。 被災地で生きる女子高生と彼女を見守る大人たちが織りなす青春群像。

 

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とうほく復興カレンダー

とうほく復興カレンダー

2013年4月10日 (水)

報道・レポート情報発信

とうほく復興カレンダーは、 東北の復興物語をカレンダーに書き加え、前を向いて進む人たち、東北の「これから」を応援します。

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報道写真展示「記憶 忘れてはいけないこと」岩手県立図書館

本写真展は日本経済新聞社本社等で開催されていましたが、この度日本経済新聞社から協力を得て岩手県で初開催することになりました。東日本大震災の被災地で日本経済新聞社記者が震災直後から撮影した写真を展示します。

被害の大きさを再認識し、震災の記憶の風化を防ぐ機会とするため、県内地域紙では見ることの少ない宮城・福島県を含む震災当時の様子も振り返ります。

平成25年4月1日(月)~5月30日(木)

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みちのく震録伝

•東北大学防災科学研究拠点(現在は、東北大学災害科学国際研究所に移行)は、産官学の機関と連携して、東日本大震災に関するあらゆる記憶、記録、事例、知見を収集し、国内外や未来に共有する東日本大震災アーカイブプロジェクト「みちのく震録伝(しんろくでん)」を本格的に始動します。
•本プロジェクトは、今回の震災の被災地を中心にして、歴史的な災害から東日本大震災まで、様々な視点から集められた記憶、記録、事例、知見をもとに、分野横断的な研究を展開し、東日本大震災の実態の解明や復興に資する知見の提供を進めていきます。これらの取組みは、低頻度巨大災害の対策・管理の学問を進展し、今後発生が懸念される東海・東南海・南海地震への対策に活用します。
•プロジェクト期間は10年を目処とし、逐次、被災地の復興を記録、集められた情報を公開していきます。

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希望の牧場〜ふくしま〜

2012年6月13日 (水)

動物報道・レポート福島

災害で失ってしまった命、その命を思う今を生きる人々。 そして、置いていかれてもなお生きている動物の命。 福島第一原発の警戒区域となっている20キロ圏内には、 いまもなお、多くの動物が取り残されており、 このままでは餓死か安楽死(殺処分)しかありません。

「殺してしまうのでなく いかすことはできないか」

その命を思う、関係者や多くの日本人、世界の人たちの思い。 それに対して私たち日本人はどうあるべきなのか、どうすべきか? 答えは一つではないかもしれませんが、とにかく目を逸らしてはなりません。
無意味に殺されそうになっている命を守り、保護。そして、いかすために 当プロジェクトでは、あらゆる方策を講じてまいります。

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多摩探検隊「被災地との絆〜日の出町から田野畑村へ」

「多摩探検隊」は、10分間の地域再発見番組です。東京・多摩地域のケーブルテレビ5局と九州地域のケーブルテレビ局2局で放送されています。制作しているのは、中央大学FLPジャーナリズムプログラム・松野良一ゼミの学生です。「多摩探検隊」は、企画、取材、撮影、編集、パッケージ化のすべてを学生が行っています。ポリシーは、東京キー局が扱わない多摩地域に埋もれている話題、人物、物語を掘り起こし、それにまつわる感動を伝えていこうというものです。

「被災地との絆〜日の出町から田野畑村へ」

2011年3月11日の東日本大震災の津波により、大きな被害を受けた岩手県田野畑村。その村に25年前、修学旅行に行ってきた当時の中学生たちが、「田野畑村を応援する­会」を立ち上げました。岩手県田野畑村と東京都日の出町、2つの地を結ぶ心の交流を描きます。

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3.11復興支援情報サイト 助けあいジャパン 更新停止のご挨拶

サイト「助けあいジャパン」更新停止のお知らせとお願い
いつも「助けあいジャパン」の活動にご理解とご協力をありがとうございます。
私たち「助けあいジャパン」は東日本大震災の発災後いち早くサイトを立ち上げ、いままで情報支援活動・ボランティア支援活動を、プロボノの方々をはじめたくさんの方々のご協力のもと行ってまいりました。
震災から5年半、地道に更新を続けてまいりましたが、このたび、情報支援サイトとしてある一定の役割を終えたと判断し、サイト「助けあいジャパン」の更新をいったん停止させていただこうと思います。
いままでご協力いただいた方々、応援してくださった方々、情報をくださった方々、そして私たちのサイトを見て東北に行ってくださった方々、本当にありがとうございました。
情報支援サイトの更新はいったん停止いたしますが、支援活動に終わりはありません。これからもフェーズに合わせた支援活動を続けていきたいと思っております。
なお、熊本地震では「いまできること」(http://imadekirukoto.jp/)というサイトを運営し、情報支援活動を続けております。
今後、ボランティア・ニーズが起こるような大規模災害において「いまできること」サイトを中心に支援活動を行ってまいります。
これからも「助けあいジャパン」をよろしくお願いいたします。

2016年 9月 7日
代表理事 石川淳哉・佐藤尚之